2007.08.28 Tuesday
驕り(おごり)
このカテゴリー「私事」では、私的な内容をお届けしたいと思います。
今日は、自分の中に見つけた驕り(おごり)についてです。
今日は、自分の中に見つけた驕り(おごり)についてです。
2007.09.07 Friday
独り言 〜毎日を特別な一日にするために〜
このブログを書き始めてから、できる限り毎日続けるように努力しています。それは、心の内から湧き上がってくる、自分に対する欲求でもあるし、自分に課した試練でもあります。内容も大事だけど、とにかく続けることに意味があると感じています。その気持ちを掘り下げてみると、強制的に毎日自分と向き合う時間を作っている事に気が付きました。
2007.09.14 Friday
封印の記憶
ここ数日、幼かった頃の印象的な記憶がしばしば思い出されます。それは、まだ小学生に上がる前の頃の話です。
その頃の私は、わがまま放題でした。同じ地区の友達が6名ほどいましたが、もの心ついた頃くらいから仲間の中心にいて、周りに命令ばかりしていました。それでも、不思議と周りがそれに従ってくれていた事を覚えています。それが、小学校に上がる少しくらい前に、(周りを従わせていた)その力が衰えて行くのを感じました。そんなある日、太陽に向かい「この力を36才になるまで封印する。その時、この力が再び解き放たれる。」と宣言しました。 あの頃、何故あのように宣言したのかはもう思い出せません。でも、あれから、確かに色々と学びました。あのまま、あの頃の力が発揮できていたならば、わがままに成長し、この世界での学びを駄目にしていた事でしょう。約30年の年月は、この3次元世界での人としての基礎を学ぶ上で必要不可欠であったと今は感じています。。 そして今年の5月に、あの頃宣言した36歳になりました。確かにここ一年半の自分の中の変化は別人かも?って思えるくらい劇的に進んでいます。そして、今もそれは継続中です。それは、ようやく力を発揮できる下準備が整い、いよいよそれを本来あるべき方向へ流す事が可能になってきたような感じです。 今回のシフトもその流れの一環なのでしょうか?正直それは自分ではまだ分かりません。でも、おりしも9月17日(月)に、とあるサイキックな方にリーディングをして頂く事になっています。シフトや封印について何か具体的なメッセージはあるのか無いのか?今は未来へ続く全てが楽しみです。 2007.10.02 Tuesday
私にとっての家族の学び
この世に生まれてきたのは、何らかの学びを得るためですが、家族の構成は非常に重要なテーマになります。それは、千差万別であり、それぞれの家族にはそれぞれの学びがあります。
先日、サイキックな方にリーディングして頂いた際、私にとっての家族の意味を教えて頂く事ができました。私は小さい頃から、どこか両親や周りになじめずにいました。それは、しつけに厳しい家庭に育った事もありますが、早く家を出たくてたまらなかったものです。そして、スピリチュアルな事を自然と学ぶに連れて、両親との考え方のギャップに戸惑うようになりました。リーディーングを通して知ったことは、「私がこの家を選んだのは、両親や親戚を通して、彼らのネガティブな部分に触れ、それに気づき、それを反面教師として学ぶためであった。」という事でした。勿論、たくさんの優しさにも触れてきました。でも、確かに、幼い頃から、「何故、このようなやり方をするのだろう?自分ならこうするのに。」といつも思っていました。そして、束縛から逃れるように、16歳から寮生活を始めました。その後、何度か実家に戻ったり出たりを繰り返し、今は独り暮らしをしています。 両親と実家で過ごす事は、快適でありました。しかしながら、自分の内からの声に従って行動すると、それは両親にとっては理解しがたいものでありました。それについても、「魂の年齢は、肉体の年齢とは異なります。この世界では両親の方が年上ですが、魂の年齢ではあなたの方が年上になります。あなたには当たり前の事でも、両親にとっては、まだスピリチュアルな世界が十分理解できないでいます。また同時に、あなたのことも理解しがたい状態にあります。」とアドバイス頂きました。 それでも、人間として生まれてきた以上、(家族・親族の)しがらみを持っています。また両親の将来一緒に住みたいという期待も痛いほど分かります。ただ同時に、私自身の進むべき道が見えるにつれ、そのようなしがらみを断ち切る必要性を次第に強く感じるようになって来ています。リーディングでは次のようにもアドバイス頂きました。「魂の年齢ではあなたが上であり、スピリチュアルな理解も上であるが、実家にいれば両親が家の主であり、あなたはそれに従わなければなりません。でもあなたの持ち味を生かすためには、それは妨げになります。あなたの思っている通り、実家に(両親と定住のために)戻る事はありえません。」 既に助走は始まっています。今はただ流れに任せて歩むつもりですが、より自由に、よりオープンに、来年の今頃は、更なる変化を感じている気がしています。 目覚め始めた者たちよ。 全ては心のままに 素直に進めべ良い。 しがらみがあなた達を包み込んだとしても、 それは、幻想の鎖なり。 それすらも学びの一つなり。 2007.10.09 Tuesday
シフトの結果かな?
先週末くらいから、仕事+プライベートでイレギュラーな用事が立て続けに入り、ブログのアップができずにいました。でも、それ以上に、先月のシフトの流れを汲んだ変化の真っ只中にいて、心が定まらずにいたようです。そして、今日ようやくその流れが見えてきました。
先月のシフトの際に、部署内の仕事の分担が大きく変化しました。それは私にとって魅力的な内容ですが、数ヶ月前には思いもよらなかった内容でした。そして、その関係で、社外で仕事をする話が急速に現実味を帯びてきました。それは、今下請けにメインで出している仕事があるのですが、それを下請けに行って一緒に作業を進めるというものです。ただし、何かをやらせるのでは無く、一緒にタイトな納期に間に合うように作り上げてゆくものです。 私にとっては、何かと雑務が多い社内よりも、半年ほど社外で集中的に仕事を進める事が魅力的です。また、さらに、その会社が名古屋の街中にあり、今自分が熱中しているサルサダンスに最適なところにあるので、二重に魅力的です。 以前、とある方のリーディングで、仕事面でも自然に変化が起こり、その流れに任せてゆけば、扉が開くように次のステップへ進めれると教えて頂きました。まだ具体的な作業日程は定まっていませんし、忙しい日々が続きそうですが、この流れにしっかりとついて行きたいと思います。 変化の始まりは静かに起こる。 それは、大河の始まりが湧き水から起こる事と同じである。 湧き水を見て大河を想像するのは難しい。 されど、変化の兆しを捉えるならば、未来は新たな流れを作り出すだろう。 流れを止めること無かれ。 感じるままに、ただ身を任せれば良い。 2007.10.10 Wednesday
変化の兆し
昨日に引き続き、私自身の話です。日に日に変化の兆しが強まってきているようです。ここ数年、趣味や、生活パターンや仕事内容が変化してきていますが、半年くらい前までは緩やかな変化でした。それが、5月に今までに無い新しい方向性を感じ、シャスタ行きの前後で大きな流れを感じるようになりました。そして先月のシフトでその流れの勢いは加速しているようです。
具体的に言えば、まず服装の趣味が変わりました。半年前までは青、白、黒系統の服が好みでしたが、今は赤がNO.1でその次に緑、青、黒系統の服が好みです。趣味も、冬はスキー、それ以外でテニスでしたが、今はサルサが中心で、テニスが少々、そしてあれだけ熱中していたスキーは全然意欲が湧かなくなってしまいました。 仕事も、ここ最近は、とある装置の付加価値を高める仕事をのんびりとしたペースで行っていましたが、9月に入り、急に事業部の存続を掛けた開発のメインスタッフになりました。住んでいるところも、会社の比較近くに4年前に引っ越してきましたが、このプロジェクトの関係で、初めて名古屋に通うもしくはアパートを借りて半年程住む可能性が高まってきました。その影響で、普段の生活パターンも色々と見直さなければならなくなりそうです。 そんな中、自分の中でも、色々な意味で古いものを片付けて新しい変化を素直に受けいれようと思う気持ちが強まってきました。心と向かい合ってみると、「ワクワク」感が浮かび上がっています。これから一年間は、変化の真っ只中で、まだまだ途中経過ですが、このプロセスを大切に過ごして行きたいと思います。 言葉の壁を乗り越える事は、心の壁を乗り越えるのに等しい。 心で話すならば、人は言葉を越えた温かさを受け取るだろう。 それは他者の心にすっと溶け込み、あなたの思いが満たされる。 偽らず、心を開き、心の声を届けなさい。 何もコントロールする事無く、素直でいられるのならば、 だれもあなたを傷つける事はできないであろう。 何となれば、とらわれの無い心にとげは刺さらぬからである。 期待すること無かれ、見返りを求めること無かれ。 さすれば、ただ満たされるだろう。 2007.10.12 Friday
真実は辛いな。
今日は親友に、とある趣味の欠点をズバリ指摘された。その指摘が的を得ているだけに、正直受け止めるのが辛いと感じる。でも、同時に、「調子に乗らないように天が教えてくれた課題」とも受け取れる。言い訳や落ち込むのは簡単だけど、別の見方をすればとても大きなチャンスである。とはいえ、やはり頭では理解できても、心の表面では受け入れを渋っている。
でも、もっともっと心の奥の方に聞いて見ると、 輝きを放つ石も、地上を出たときはそれほどでは無い。 されど、磨かれる事により本来の輝きを取り戻すものなり。 辛さは磨くためにある。 磨くからこそ、輝けるものなり。 真実を認識するのは辛く、幻想のカーテンに隠れるのは容易である。 されど、正しい認識無しに真の成長はありえない。 更なる偉大なる道を歩まんと願うからこそ、真実を知る機会を得ているなり。 という答えが返ってきた。 辛いけれど、これはチャンス。 今はそう捉えて練習に取り組みたいと思う。 2007.10.16 Tuesday
非常識が常識に変わってゆく
ここ最近感じる自分の変化に、以前の常識が非常識になり、非常識が常識になるというのがある。何も大げさな事だけではなく、例えば、着る服の好みだったり、趣味の世界だったり、車で行く行動範囲だったりといった、いたって日常生活の延長の変化である。そうは言っても、数ヶ月前であれば、(田舎者なので、)車で都会の街中を走るのは極力避けていたし、まして海外の右側通行はありえないはずだったのが、今は全然普通になっているし、着る服の好みも、趣味の世界も半年前と今では全然変わってしまっている。それは、面白い変化であるし、不思議な変化でもある。
その事をもう少し、深く考えてみると、自分の中の枠が崩れ、自分自身の自由度が増している感じである。半年から一年前に感じていた「自分」は実は本来の「自分」では無く、ただそう思い込んでいた幻想の「自分」のようである。別の言葉で例えると、大きな家の中に小さな家を建て、その中に更に小さな家を建てていて、そこが自分の住処だと思っていたのだが、その一番内側を壊してみたら、次の家が現れ、それも手狭になり壊してみたらまた別の家が現れ・・・、そのような作業を繰り返しながら、どんどんと自分の場を広げ、本来の自分に帰っているようだ。 そして、今自分の中では、再来年(2009年)の1月以降を見据えた、これからの一年2ヶ月の過ごし方に注目している。それは、ホップ・ステップ・ジャンプでいう、「ホップ」の部分に当たり、新しいフェーズを進む上で重要なスキルを身につけるスタートの時期だと感じている。「ワクワク、ドキドキ」まるで10代に戻ったようだ(笑)。 感じたまま歩き、 感じたまま受け取り、 感じたまま素直に表現する。 心が奥深いところで愛に繋がっているならば、 それは誰隔てなく愛を届けるでしょう。 心が閉ざされ、エゴの支配下にあれば、 それは誰隔てなく(エゴ同士で)衝突するでしょう。 同じ行動でも、同じ思いでも、 繋がっている先が異なれば結果も異なります。 上手く行く人と行かない人の差は明らかです。 愛を届ける人は愛に包まれ、 エゴを届ける人はエゴで返されます。 全てはあなた方の選択に委ねられています。 2007.10.27 Saturday
全ては繋がっている
最近、以前と比べて色々な変化を実感していますが、その一つに「繋がっている」という感覚があります。これは、心のずっとずっと奥深いところで、色々な存在や人たちと繋がっている感覚です。
まだ、私が幼い頃、暗闇が怖くてたまりませんでした。また独りでいると寂しくてたまりませんでした。その頃は、そのような繋がっている安心感は皆無で、常に目に見える存在(親や友達等)や光(明かり)を求めました。 それが、次第にそのような恐怖が薄れ、暗闇が平気となり、独りがへっちゃらに成りました。それは、暗闇や独りでいても、どこかに繋がっている安心感があり、自分が常に独りでなく、護られていると感じられるようになったからです。 この事について、先月サイキックリーディングを受けた際、色々なスピリットたちと5歳くらいから繋がりだしたと教えて頂きました。そして、その結びつきはシャスタから帰ってきてから日に日に強くなっているようです。 興味深いことは、最近たくさんの方々が、私が感じているような感覚を、それぞれのブログに書いているという事です。これも、世界に降り注ぐ光が強くなってきている現れのような気がしてなりません。この感覚は言葉で伝えるのは難しいです。ただ、決して特別な事では無くなっているようです。 この宇宙の創造主の思いに同調しなさい。 (そのためには、)ただ素直になり、心を開き、自分の本質を愛で満たします。 その愛のイメージを広げ、宇宙と一体になりなさい。 イメージすることが大切です。 頭で理解する必要はありません。 ただ優しさと慈しみを感じなさい。 そして、それを広げなさい。 それが無償の愛へとつながります。 内なる神と同調するならば、 何も恐れるものなどありません。 何となれば、恐怖はそこに存在できなくなるからです。 2007.11.05 Monday
シンプルライフ
最近、何気なく考えていることに「シンプルライフ」があります。人として豊かに生きていくのに必要なものは、本当は今思っているよりも少なくて良い様な気がしています。それは、あれば便利だけど、無くても困らないものが多すぎのでは?という疑問に繋がっています。
仕事以外の生活の中で優先順位をつけたらどうなるでしょうか?人生において実行できる事は限られているので、たいてい、その上位7つまでで、生活の8〜9割以上は占められるような気がしています。少なくとも、何かを成し遂げたいのであれば時間を集約する必要があります。そう考えると、今の世の中が如何にせわしく、誘惑が多いか分かります。 シンプルライフを極めるには、まだ誘惑に負けすぎていますが、(心の面で)人生を豊かにするために、少しずつでも始めて行きたいと思っています。 心を豊かにするのに、必要なものはそれほど多くありません。 それは日々の生活の中で養われます。 ただ、何となく毎日を過ごせば、その人生はただ何となくで終ります。 より人生の深みを味わいたいのであれば、 より深い部分の自分と対面する必要があります。 それを日々の生活の中に組み込むならば、人生の過ごし方はおのずと変わるでしょう。 内面を豊かにする人生に必要なものは実にシンプルです。 それは、旅に出た時に実感するでしょう。 |
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