2008.07.31 Thursday
スピリチュアルな挨拶回り 高野山編
〜前回からの続き〜
高野山奥の院、そこに行かれた方は誰しもがその圧倒的な勢いで迫る石の造形(お墓)に圧倒されるのではないだろうか?そこには、最近のものも多いが、戦国時代に名を馳せた武将達も、敵味方関係なく供養されている。歴史の中で、互いに命がけで戦ってきたのに、今こうして同じ場所に並んでいるのを見ると、やはり、誰もが学びのためにこの世界に生を受け、最後は同じ場所に帰るのだろうな〜と思えて仕方ない。
また、日本は、その歴史の中で数々の戦乱や戦争(空襲)を体験してきているが、この地を見る限り、だれもこの地を荒らすことが無かったのが、ちょっぴり不思議に思えてくる。これも、根本に立ち返れば、弘法大師空海さんの御威光なんだと思う。
そんな思いを胸に抱きながら道を進むと、ほどなく御廟橋とその奥の燈籠堂が見えてきた。御廟橋で一礼をしてその奥へと進んで行った。事前にチェックしていなければ、燈籠堂は、弘法大師御廟かなと見間違えるほど立派な建物であるが、実際の弘法大師御廟は、その奥にある。久しぶりに来たので、ほとんど忘れていたが、御廟前に来たときは、はっきり以前訪れた事を思い出した。そして、ここに導かれた事とそのご縁に感謝すると共に、「世界に普く、愛と光の加護があり、私たちが内なる叡知に導かれるように。」と祈願した。
さて、目的を果たしたので、しばし御廟前(といってもかなり向かって右より)で瞑想をしていると、自分のまん前に、とある団体の方々が集合し、そのガイドの方が御廟の説明をされているのが聞こえてきた。その中で、「弘法大師空海さんは死んだわけでなく、入定(言密教の究極的な修行のひとつ。僧が、生死の境を超え弥勒出世の時まで衆生救済を目的とする。後に、その肉体が即身仏となって現れるのである by ウィキペディア)されたのであって、今も御廟の中で衆生を救うための修行をされていること。そして、その場に一番近い場所が、この燈籠堂の地下にあり、その15m先にその肉体が留め置かれていること。」という趣旨の説明がなされた。そして、「では、その地下にこれから行きましょう。」という事になった。これが聞こえた瞬間「ぴっ」と"導き"である事が分かった。
もしも、あのガイドの方の説明がなければ、その場所の存在を気づかずに帰ってしまったことだろう。再度、その導きとご縁に感謝しつつ、その団体の後についていった。そこは良く見れば、説明書きらしきものがあったので分からなくも無いが、以前の記憶に無い場所であったので、多分、私にとっては初めての場所であったと思う。そこは、地上の御廟前ほど広くは無いが、静かに弘法大師さんと向かい合える雰囲気を持つ場であった。(感謝&祈願)
再び、御廟橋で一礼すると、来た道を戻りだした。この後も、ところどころで、タイミングよく色々なガイドの方が説明する所に出くわし、この奥の院全体の理解が深まった。ただ、以前来た時は御廟までの道のりがずいぶんあったような気がしていたが、後で地図を見てみると、以前は一の橋から歩いたのを思い出した。今回は中の橋案内所付近から歩き出したので、距離が短く、奥の院のハイライトを歩んだ感じであった。
〜つづく〜
衆生願えば、我そこにあり。
何人も、ただ意図するがよい。
共に歩み、
共に咲かすべし。
皆さんの応援が力になります。下記「クリック」ご協力ありがとうございます。m(_ _)m
皆さんに、愛と光の加護がありますように。そして、内なる叡知に導かれますように。
高野山奥の院、そこに行かれた方は誰しもがその圧倒的な勢いで迫る石の造形(お墓)に圧倒されるのではないだろうか?そこには、最近のものも多いが、戦国時代に名を馳せた武将達も、敵味方関係なく供養されている。歴史の中で、互いに命がけで戦ってきたのに、今こうして同じ場所に並んでいるのを見ると、やはり、誰もが学びのためにこの世界に生を受け、最後は同じ場所に帰るのだろうな〜と思えて仕方ない。
また、日本は、その歴史の中で数々の戦乱や戦争(空襲)を体験してきているが、この地を見る限り、だれもこの地を荒らすことが無かったのが、ちょっぴり不思議に思えてくる。これも、根本に立ち返れば、弘法大師空海さんの御威光なんだと思う。
そんな思いを胸に抱きながら道を進むと、ほどなく御廟橋とその奥の燈籠堂が見えてきた。御廟橋で一礼をしてその奥へと進んで行った。事前にチェックしていなければ、燈籠堂は、弘法大師御廟かなと見間違えるほど立派な建物であるが、実際の弘法大師御廟は、その奥にある。久しぶりに来たので、ほとんど忘れていたが、御廟前に来たときは、はっきり以前訪れた事を思い出した。そして、ここに導かれた事とそのご縁に感謝すると共に、「世界に普く、愛と光の加護があり、私たちが内なる叡知に導かれるように。」と祈願した。
さて、目的を果たしたので、しばし御廟前(といってもかなり向かって右より)で瞑想をしていると、自分のまん前に、とある団体の方々が集合し、そのガイドの方が御廟の説明をされているのが聞こえてきた。その中で、「弘法大師空海さんは死んだわけでなく、入定(言密教の究極的な修行のひとつ。僧が、生死の境を超え弥勒出世の時まで衆生救済を目的とする。後に、その肉体が即身仏となって現れるのである by ウィキペディア)されたのであって、今も御廟の中で衆生を救うための修行をされていること。そして、その場に一番近い場所が、この燈籠堂の地下にあり、その15m先にその肉体が留め置かれていること。」という趣旨の説明がなされた。そして、「では、その地下にこれから行きましょう。」という事になった。これが聞こえた瞬間「ぴっ」と"導き"である事が分かった。
もしも、あのガイドの方の説明がなければ、その場所の存在を気づかずに帰ってしまったことだろう。再度、その導きとご縁に感謝しつつ、その団体の後についていった。そこは良く見れば、説明書きらしきものがあったので分からなくも無いが、以前の記憶に無い場所であったので、多分、私にとっては初めての場所であったと思う。そこは、地上の御廟前ほど広くは無いが、静かに弘法大師さんと向かい合える雰囲気を持つ場であった。(感謝&祈願)
再び、御廟橋で一礼すると、来た道を戻りだした。この後も、ところどころで、タイミングよく色々なガイドの方が説明する所に出くわし、この奥の院全体の理解が深まった。ただ、以前来た時は御廟までの道のりがずいぶんあったような気がしていたが、後で地図を見てみると、以前は一の橋から歩いたのを思い出した。今回は中の橋案内所付近から歩き出したので、距離が短く、奥の院のハイライトを歩んだ感じであった。
〜つづく〜
衆生願えば、我そこにあり。
何人も、ただ意図するがよい。
共に歩み、
共に咲かすべし。
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皆さんに、愛と光の加護がありますように。そして、内なる叡知に導かれますように。
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